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MAÑANA(旧バレンシア留学日記)
タイトルのMAÑANAはスペイン語で「明日」という意味です。 明日は明日の風が吹く。臨機応変に頑張りたい。
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ATAPUERCA-RABÉ DE LAS CALZADAS
ものすごく期間が開いてしまいました。
コメントの返信も遅れてすいません。でもいただくたびに元気になります。
最近少しだけ忙しくて更新が滞ってますが見放さないでくださいね(笑)
お詫びも込めてたくさん写真載せます!!

7月9日
この日の巡礼行程。
ATAPUERCA-BURGOS-RABÉ DE LAS CALZADASです。
最初の休憩はいつものようにBARで取った。
そのとき何気なくテレビを見ていると「牛追い祭り」の様子がテレビで中継されていた。人が牛に追いかけられて跳ね飛ばされている様子を冷静に見ていた。
(玄人はしっかり牛を追ってます!)
それにしてもスペイン人ってすごいお祭りをしちゃうんだなって感心。
お祭りは一週間毎日朝8時からテレビで生中継。
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休憩のあと電話がなった。見覚えのない番号からだった。
出てみるとそれはアメリカに帰国したたかひろから。
巡礼を心配して電話くれたのである。ひたすら日本語でぺらぺら話していた。
(そりゃ日本人なので日本語はぺらぺらです)
電話切り終えたらJordiがぼそっと僕に言った。
「たいとすげ~しゃべるじゃん!おれらにもがんがん話しかけろよ~」と。
いやいや、待ってください。アメリカから電話掛けてくれて話すのは当然でしょ!!
しかも今だに思ったとこを正確にはスペイン語で伝えられないことも多いのだ。
だからスペイン語だよそこまでおしゃべりさんじゃないのよ。

なんだかんだいってるうちにBurgosまで到着。
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遠くから少しずつ見えていたが、BurgosのCatedral(大聖堂)はすごい!
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世界遺産に登録されているだけのことはあります。
SevillaのCatedralは世界で3本の指に入る大きさですが、このBurgosのカテドラルも相当な迫力がある。
内部写真で~す。
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ちなみにJordiはBurgosのよりLeonのカテドラルの方が好きなんだって。
Burgosという大都市に着いて浮かれてばかりはいられない。
というのもここで一つの別れがあったから。
旅に出会いと別れは付き物。
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JordiファミリーとJosuneはブルゴスで自分の街に戻ることに。
前にも書いたが巡礼は人それぞれのペースで行うもの。何も歩き始めたら必ずその年にゴール地点まで行く必要はない。
彼らは来年ブルゴスから巡礼の続きをするという。
気軽にまたできるっていうのがスペインに住んでる強みだなぁ~って。
ぼくみたいに時間も余裕もない人は一気にゴールしないといけないし、次いつできるからなんてわかんないから。
数日しか一緒に歩いてないけど、彼らと抱き合って別れを告げたとき思い出が頭の中を廻り目から涙がこぼれてきそうになった。
巡礼をすることで少しずつ心が綺麗になってるのかなってことのとき思った。
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いつまでも別れを惜しんでいられずぼくらは歩きだすことに。
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ブルゴスから10kmくらい歩いて小さな村に着いた。結局この時ぼくらのグループは9人に。
小さな村にあるAlbergueは宿も小さいのが普通。だから大人数が全員一緒に泊まるというのはそれなりのリスクにもなる。
この村のAlbergueでは泊まることができず、何kmか先の村まで歩くことになった。
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たどり着いた村はお店が一軒もない場所。唯一あるBarも夜8時からしか開かないという。
この日はちなみにお休みでした。
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なのでどうすることもできずみんなで時間を持て余していた。
ぼくは地元の子供と一緒に戯れることにした。やっぱり子供好きなもんで。
みんなかわいい子供ばかりでついつい写真を撮りたくなった。いつも景色ばかり撮ってるから人を撮りたくなるのは珍しいこと。
すごくお気に入りの一枚が撮れたので載せておきます。
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みんないい表情してるよね。うんうん。

スペインの7月といっても北はまだまだ寒い。トレーナーを着ています。
風邪引かないようにしなきゃね。
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VILLA FRANCA MONTES DE OCA-ATAPUERCA
7月8日
今日も5時に起床。
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予定では6時にみんなが起きてそれから出発という風になっていた。
でも、毎日5時に起きてるから体が勝手に目覚めてしまうのだ。
習慣恐るべし。
昨日一緒に出発するといっていたSimoneは何故か先にAlbergueを出て行った。
約束したはずなのになぁ~と思いながら出発の準備をする。
前日まではBurgosに行くといっていたぼくらの予定が急遽変更になり、一日の距離が大幅に減った。
たった20kmしか歩かない。
なんか、みんなソワソワした感じだった。むしろそれしか歩かないことに罪悪感を感じるくらい。
要は24日までにSantiago de Compostelaに着けばいいのです。

最初の休憩地点で集合写真を撮った。
すごく好きな写真です。
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(奥からアドリアン・ルーベン・ミリアン・マリアルイス・マリア・ジョルディ。手前ぼく・ジョスネ・ボルジャ・ジョレ・ホセ・フアン)
一番の仲良しルーベンとのツーショット。
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こういう風に距離が書いてあると少しずつ近づいてるんだなぁ~って実感できるんですよね。
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さくっと目的地ATAPUERCAまで到着。
ここにあるParque Arqueológico(考古学公園)にいった。
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ここから公園内の写真を一気に載せま~す!!
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この公園がそうかはわからないが、考古学上非常に重要な町でアタプエルカの考古遺跡群が世界遺産に指定されている。
詳しく書くと、
ブルゴス東、アタプエルカ山中の洞窟で発見された80万年前の原人の住居跡。
アフリカから初めてヨーロッパに渡った人々と考えられている。

公園に着いたころはすでに左足の脛の横がすさまじく痛み出していた。
なかなか歩くのも困難な具合に。あまりに痛さに焦りましたよ(笑)
昼はBarでご飯を食べることに。
「どこのお店で食べる~~??」などと相談してるときの一枚。
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BurgosはMorcillaという豚の血が入ったソーセージが有名らしい。
もちろんバレンシアでもMorcillaって食べたことあったんだけど、それとは全く違った。
何が違うというかすべてが違った。
本場で食べるのは味が違うね。
Burgos産のMorcillaはとにかくおいしい!旅行に行かれるかたは是非ご賞味あれ☆
それはもしかしたらスペインのバレンシア以外の他の都市で食べるパエリアと一緒かも。
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珍しく犬がいました。建物と一緒にぱしゃり。
なかなか上出来です。
夜はJordi(ジョルディ)がPan con tomateを作ってくれた。彼はバルセロナ出身なのでいわばバルセロナの名物でもあるPan con tomateはお手の物。
作り方はいたって簡単。パンにオリーブオイルを塗って、そこに潰したトマトを塗る。
日本でも簡単に作れるんだけど、スペインで食べるから旨さが違うんだよね。
Jordiご馳走様~!
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ぼくらのグループで一番の男前ホセ。
彼は以前紹介したアドリアンのおじさんにあたります。
年齢は30歳。髭はやや濃いめ。
とにかく優しい人。
彼から言われて泣きそうになるくらい感動した言葉がある。
それは後々の日記で・・・・。
SANTO DOMINGO DE LA CALZADA-VILLA FRANCA MONTES DE OCA
7月7日
この日は七夕ですね。歩いてるときは一瞬も思い出しませんでしたが・・・。
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いつものように5時に起床。
でも出発したのは6時半だった。今までで一番遅い出発となった。
みんな昨日の疲れがでているみたい。
最初の村までは約6.5km。すんなり着く。
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それから休みなしで一気に15kmは歩いた。
軽い朝食を取り再び歩き出すことに。
今日の目的地VILLA FRANCA MONTES DE OCAまでは残り20km。
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だんだん自分の感覚がおかしくなってきてるのをこの時感じた。
というのは、‘あ、たった20kmなんだ!!’と感じてる自分がいたからね。
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色んな村や町にこんな感じで「CALLE MAYOR」(大通り)の文字が。
かわいくて写真を撮ってしまった。

そうそうかわいいといえば、歩いているときにたくさん猫がいるんです。
巡礼の出発地点でノアゼットという猫を紹介したんですが、今回は家の中にいた猫を盗撮(笑)
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途中で巡礼している2人の女の人と一緒に歩くことになった。
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(ちなみにSimoneはこの写真に写ってません。左はミリアンです。後ろを向いてるがAnayaです。)
一人はドイツ人のSimone。Bilbaoに2年間住んでいる若干20歳の美女。
ドイツに戻る前に巡礼したかったとのこと。
スペイン語はバスク訛りがあった。
もう一人はオーストラリア出身のAnaya。カーボーイハットを被った子。
独特の雰囲気を持っていてなかなか絡みずらい。
スペイン語の知識は皆無。英語だけでスペインという国を歩く強者。
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Villa francaに着いたのは午後2時。
昨日とほぼ同じ距離歩いてるのに4時間も早く着いた。
昨日どれだけ休憩の時間を取っていたかがわかった。
急ぐ理由というのは色々あるんだけど、一番の理由は宿の確保。
夏は巡礼者の数が多く宿がいっぱいで泊まれなくなり、さらに先まで歩くことを余儀無くされることがある。
だからみんな必死で歩くわけです。
早く着いたらしっかりSiestaを取れる。これも体力回復には重要なことなんです。
夜はビールとワインでFiesta(パーティー)をした。
当初の予定では明日Bulgosに着くはずだったんですが、急遽変更になったみたい。
詳しくはわからないがとにかく一日の負担が軽くなったことは間違いない。
明日も頑張るぞー!!!オーーー!!
(こんな感じで自分の日記に書いてるんですよ・笑)
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NAVARRETE-SANTO DOMINGO DE LA CALZADA
7月6日
今日も5時に起床。
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はっきりいっていびきがうるさ過ぎて全然眠れなかった。
もちろん毎日何十キロも歩いてるから体はお疲れちゃんなわけです。
半端じゃなく疲れてますよ。
でもね、Juanのいびきは いびき>疲れ。
疲れを有に超えるほどのうるささなわけです。この先が不安になるよ・・・・。
睡眠不足のまま歩き始めた。アクビしまくりのスタートを切ることに。
今考えるとここまで全く寝てない日はないんじゃないかな。
とにかく睡眠不足!!!!

最初の16kmでNájeraに到着。
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前にも書いたんですが、ぼくはとにかく歩くのが速い。
やはりここでも1時間半くらい休憩を取る事になってしまった。
今日からグループ行動だから先に目的地に着いた人も全員が揃うまで待ってから出発することに。
それがみんなで歩くということだから大切にしなきゃいけないことだしね!!
Nájeraからは残り21kmの中々厳しい道のりである。
足は痛くないが、膝裏のスジが痛む。
軽くストレッチするものの痛みが引いていく様子はない。
我慢できない痛みでもなかったからそのまま気合であるく。
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やっぱり痛いなんていって人に心配かけたくないから平気な顔して歩くんですけどね(笑)
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5km歩いたAzofraという町でFanny達を発見。(Estellaの日記を見てね)
ぼくらはかなりのペースで歩いていたと思ったんですが、彼女達がぼくらの前を歩いていたなんて正直すごく驚いた。
負けられないなんて感情は持たないですが、みんな結構必死に歩いているんだなって感じた。
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ぼくらの仲間の中に18歳のAdrian(アドリアン)というやつがいる。
Mariaの次に若い。ぼくの弟と同じ18歳なので巡礼中は弟のようにかわいがっていた。
マドリッド出身のサッカー中毒者。
とにかく毎日サッカーしないと死んでしまうと言っている。
もちろん贔屓のチームはレアル・マドリッド。
ぼくはバレンシアなので散々批判していたんだけどね。
若いからなのかこいつは全く疲れを知らない。走る走る。
とにかく目的地には一番乗りしたがる。これも若いからなのか。
一人で先に行ってはタバコを吸って待っている。
たいがい2番目に着くのはぼくなので一緒に記念撮影なんてしてみた。
ぼくが大きいのではなくアドリアンが細すぎなの。おそらく体重は40キロ台ですな。
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10km歩きBarで昼兼夕食を食べることに。
そこで小さな日本語講座を開いたらみんな興味を持ってくれた様子。
「日本語わかんね~よ~」ってみんな叫んでましたけどね。
歩いてる途中に沖縄の友まちゃが送ってくれたスッパイマンをみんなにあげたんですが、これが以外に好評でした。
送ってくれたまちゃも喜んでくれると思う。
ありがとね。
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TORRES DEL RÍO-NAVARRETE
7月5日
6時に一人で宿を出発。
歩いてるときって色んな巡礼者の人に会います。もちろん様々な国の人と。
この日はぼくの巡礼において一番素敵な出会いがあった日だったと思う。
とにかく歩いてる国はスペイン。よってスペイン語を話すわけです。
スペイン語の挨拶の一つに「Hola !・オラ」(やぁ)という言葉がある。
本当に気軽に誰にでも使う言葉。別に喧嘩を売ってるわけではありませんよ。念のため(笑)
目が合えば「Hola」と発するんですが、そこから会話が始まるかどうかはその一瞬のフィーリングみたいなところもある。
世間話程度であればさらっと終わるんですが、長話になるときっていうのはそのフィーリングが大切な気がする。
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出発して一時間くらいだったかな、朝日が昇ってきたころぼくの前には何人かの集団がいた。
パッと見ただけでもスペイン人だというのはわかった。
いつものように「Hola」と声を掛け、さらっと追い抜こうとしたとき集団の一人が話しかけてきた。
「ねぇ?一緒にあるかないか?もしよかったらだけど。昨日宿一緒だったよね。」
この何気ない誘い。
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とくに何も考えずぼくはこう答えた。「Si、si」(うん、歩こう)って。
彼らはぼくがスペイン語を話すことにとても驚いていた。まさか巡礼にきてる日本人がスペイン語を話せるなんて想像してなかったみたい。
おまけにバレンシアに住んでるなんて話したらどえらく盛り上がってしまった。
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さっきも書いた一瞬のフィーリング。一期一会。
一会だけじゃ終わらせたくないとぼくの直感が思ったのかな。
それからぼくは彼らと歩くことになった。
実は7月25日は聖ヤコブの日としてサンティアゴ・デ・コンポステーラでは祝日になっている。もちろん巡礼者の多くはその日に着くよう日程を決める人が多い。
24日は前夜祭が行われお祭り騒ぎになるとこのこと。
ぼくはバレンシアを出る前に飛行機の便を取っているため8月1日までにゴールすればよかった。だから、無理に24日に着くよう急ぐ必要もなかった。
そのことを彼らに最初に告げた。
でも、彼らはそれに対してこういった。
「一緒にゴールしよう。絶対に24日の前夜祭は楽しいから。」
それからぼくの一日に歩く距離・ペースは格段に上がった。
後々仲間の名前は写真で紹介していくのでお楽しみに☆
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NAVARRA地方を抜けワインで有名なLa Rioja地方に入る。
「ワインだ~ワインだ~」とみんなで大盛り上がり。
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地方が変わるとこのように帆立貝の模様も少し変化したりします。
Logroñoという大きい街に入る手前に一人のおばちゃんが売店を開いていた。
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おばちゃんはぼくを見るなりこういった。
「今日は日本人が2人朝ここを通っていったよ。あんたも歩いてるんだね、頑張りなさい^^」と。
こんなにかわいい顔で言われると照れちゃいました。
おばあちゃんが好きなもんで。。。。
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会話に夢中になっていると、この日の目的地であるNavarreteに到着。
ここは陶器で有名な町。
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Albergueには三人の日本人がいた。
30歳くらいの女性と老夫婦。女性の方は仕事をやめてまで巡礼の道を歩きたかったと言ってました。
老夫婦の方々はクリスチャンで、信仰心から巡礼することを決心したとのこと。
彼らはぼくが歩いてきたElCamino Francés(フランスから通じる道)ではなく、El Camino Aragonés(スペイン内のSomportから始まる道)から歩いてきたみたい。
後者の方がぼくの歩いてきた道よりも70kmくらい長くなります。
老夫婦の方々は25日着を目指して歩き始めたのですが、巡礼の過酷さを痛感し当初計画していた日程よりも2週間くらい遅らせてゴールすることにしたようです。
巡礼中に年配の方で亡くなる人もいるくらい過酷なことですから無理はしてほしくないですね。

7月5日はさらにもう一つイベントがあった。
この日から仲間になったJordi(ジョルディ)夫婦の一人娘Mariaの誕生日会を開いたのです。
彼女は6日で12歳になる。12歳かぁ~。11年も前のことだけど、そんなときにCaminoを歩く素敵な体験ができるのは純粋に羨ましいと思った。
Mariaは巡礼中に知り合ったぼくらからお祝いしてもらうというのはどんな気持ちだったのかな。
涙流して喜んでくれたから一生忘れられない誕生日になったかもね。
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ESTELLA-TORRES DEL RIO
更新に時間が開きました。
コメントの返信おくれてすいません。もうすこしだけ待ってください。
コメントを貰うと頑張って書く気になりますので声援の意味も込めて一言よろしくお願いします。
本当に嬉しいです☆

7月4日
6時にEstellaを出発した。
出発前に以前CIZUR MENORという街のBARで一緒になった3人組のおじさんたちがいたんだけど、そのうちの一人に右足首辺りが痛むという話をすると、彼は自分の使っていたサポーターをぼくにくれた。
一度たまたまBARで会っただけなのにこんなに親切にしてくれるなんて。
そのサポーターを付けて歩くとビックリするくらい痛みがない。
本当に感謝してもしきれないくらい助かった。
なかったら歩けなかったかもしれないし。

歩き始めてすぐ今日の自分の中のメイン、Fuente de Vino(ワインの泉) に到着。
この場所は何がすごいかというと、Bodega(ワイン貯蔵所)というかワイン工場というか、とにかくワインが異常にとれる場所で、その建物の外にはなぜか蛇口が二つ付いている。
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その片方からはワインがでて、もう一方からは水がでる。
普通に考えて蛇口をひねるとワインが出るってこと事態おかしいのに、おまけに飲み放題&取り放題なのです。
バレンシアの友、あやさんから貰ったBota(ワインをいれる巾着みたいな袋)にパンパンにワインをいれ水代わりにすることにする。
なぜならワインはSangre de Pereglino(巡礼者の血)と言われているのです☆
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この日は前日に知り合ったFunnyとその母の三人で歩いたのだが、一人で歩くともくもくと速く歩くせいか足に掛かる負担も大きい気がする。
この日は29Kmと少なめだったが、時に目立った疲れもなく体調もすこぶる良かった。
足の小指にマメ?っていうくらいの小さなマメができたのだがとくに支障はなく翌日には影響なさそうだ。

途中、中世の巡礼者が使っていたという井戸の前を通過。
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もちろん現在は使われてなかったが、すごく価値のあるものというのは見るだけでも充分わかった。
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宿はCASA MARIという去年開いたばかりのAlbergueに泊まることにした。
この宿はとにかく快適だった。
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シャワーも温かい(これはすっごく重要なこと)し、キッチンも綺麗。
MARIおばちゃんもものすごく愛想がいい。
本当に好きでこの宿を経営してるんだなっていうのが彼女の笑顔を見ているだけで伝わってくる。
こういう人に出会えるのってすばらしいなって。
是非巡礼する人には泊まって欲しい場所なので、住所を載せておきます。
おばちゃんにも日本で紹介するからね~っていってあるので約束を果たさねば。

TORRES DEL RIO
C/ NUEVA-NUMERO 13 Telefono948648409 MOVIL699572950
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この街にあるIglesiaは巡礼においてすごく重要な意味を持つらしい。
詳しくはわからなかったんですが、中には入ることができました。
中に入るためには午後18時ー18時半(7月巡礼時)の30分だけ開放されてる時間しか入れません。
さらにこの教会の扉の鍵を持っているのは一人のおばちゃんだけ。
彼女がその扉を開けない限り中には入ることはできず。
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中は八角形の天井。
そしてキリストが飾られてるだけです。
でもそれだけでも十分見る価値はあると思います。
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